ショートコラムの憂鬱 2019 part 4
来年の事を言えば鬼が笑う、と言うが、こう押し詰まっては、来年の事以外に言うことがあるだろうか?来年は5G元年であるとともに、recession元年であるともいう。確かに、大きなturning pointであることは間違いないようである。この10年余りの、幻惑の安泰moodも終わりを告げ、今後10年のdynamic innovation eraが、何...
You need me, perhaps, or I need you chapter 3
猫を被(カブ)る 猫は穏やかで、仕草も可愛い生き物と誤認されており、本来の獣性を暴き立てるような論調には滅多にお目にかからないが、この、「猫を被(カブ)る」、という言葉だけは、所謂(イワユル)、常套(ジョウトウ)式に当てはまらないのである。恐るべき愛玩動物である猫の本性は、昼寝好きであることから...
日本人の特質。また、忘却の構造とわび・さび。
忘却と浄化の相関について。 わび・さびは、カタルシスとその余韻とを生み出す源泉であると同時に、その結果でもある。アリストテレス(Aristoteles B.C.384.6.19.-B.C.322.3.7.)が、その演劇論で述べたカタルシスkatharsis、すなわち、精神の浄化は、悲劇が観客にもたらす怖れ(pobos)と憐れみ(eleos)によって呼び起...
[ショートコラムの憂鬱 2019 part 3]
 今年も正味1か月である。これから何かを始めるという人も稀だろう。今年は良かったとか、悪かったとか、言う前に、今年は何だったんだろうという、そこはかとなく、空しい気持ちが立ち上がる。起承転結でいえば、結、であって欲しかったが、来年も、転、ということになりそうだ。(一体、いつ終わるのかね。)  ボ...
日本人の特質。あるいは、忘却の構造とわび・さび。
 日本人の伝統的価値観の一つである、わび・さびが確立されたのは、応仁の乱前後の室町時代と言われている。係る戦乱の世に、斯様(カヨウ)な静・動、併(アワ)せ持ち、相変化して自ずから死を滅す、即ち、現実を超越した“安心”の極致に到達する、というこの思想の根底には何があるのか、考えてみたい。(これは、ド...
[ショートコラムの憂鬱 2019 part 2]
 今日は余り気分がすぐれない。だから、何か、どうでもいいようなことを書いて気を紛らわし、嫌気を発散して気分転換をしようと思う。さて、何を餌食にしようか? [残余の沈黙、あるいは、余白]  一つの見方しか無い、というのは最低だと、高田渡は言った。一つの事象に対する答えは人それぞれ、というのは、ハイ...
サヨナラ参画、また来て視覚(死角) 第四話
 もう、陽は陰りだしている。楡の並木の木立から差し込む光の中を二人は歩いているのだった。「大体、mis-leadなのよ。」彼女にしてみれば、彼の思惑が完全に外れていることなど、二の次なのだ。「聴いてる方もウンザリよ。」その視線の先に彼はいない。「的外れだったかな?」彼は何でこんなsituationになってしまった...
You need me, perhaps, or I need you chapter 2
 猫は爪を隠す Cats hide their claws  最近は、よく猫の爪の手入れに執着する飼い主がいるようだが、それはあくまでも、飼い慣らされた家猫に限定されていて、必ずしも、猫族全体が爪を短く揃(ソロ)えている訳でもなく、そういう風潮が先進国を中心に、ペット礼賛のブームに便乗して流行しているというだけである...
サヨナラ参画、また来て視覚(死角) 第三話
会議室を出ても、彼に声をかける者はいなかった。「してやられた。」という心の中の独白も、彼には、全く空疎で虚しい、精神的自傷行為とも言える愚痴でしかない。「何故、最近の女子は人の言うことに牙をむくのか?発言の機会だって与えているじゃないか。」頭の中で自問自答しているうちに、elevatorのdoorは閉まり、...
いでんしじょうほうこうがく その2 諸行夢想の響きあり
進歩か?進化か?当惑の未来。ボクたちは何処へ行ってしまったのか  CloudとSNSのdebris desert(ゴミ砂漠)から、何時抜け出せるかは、とんと見当がつかないが、時間は、そんな些細なことにかかわらず、どんどん進んでいく。現在、確かにcloud service businessは頂点に達しようとしているように見える。しかし、cl...
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