日本人の特質。また、忘却の構造とわび・さび。


忘却と浄化の相関について。
わび・さびは、カタルシスとその余韻とを生み出す源泉であると同時に、その結果でもある。アリストテレス(Aristoteles B.C.384.6.19.-B.C.322.3.7.)が、その演劇論で述べたカタルシスkatharsis、すなわち、精神の浄化は、悲劇が観客にもたらす怖れ(pobos)と憐れみ(eleos)によって呼び起こされる、と書いたが、この落としどころは、能楽や茶道の結末と同様の安堵感に辿り着く、わび・さびと趣を同じにするものではないだろうか?又、そこで生成される余韻lingering、すなわち、心の残像は情緒の感性的持続であり、それが意味するものは、一連の顛末に対する沈黙の慟哭(ドウコク)に他ならず、それは、激しい内的、静的興奮であり、つまりは、空虚な“無常”の体感であって、境地なのである。

こうした精神的浄化は、“やり直し”を目指す主体に必要なものではないだろうか?加害者は勿論、被害者にとっても、精算しようもない過去、あるいは、現実を持つどのような主体にも、それは、必要なものではないだろうか?その主体が、個人であっても、民族であっても。それ故の仮想劇であり、観念の終焉としての能楽や悲劇のようなフィクションが、必要とされる由縁であることは間違いない。実は、こうした仮想劇そのものが、人間の検証システムの一部なのであり、これを行うことによって、行為の“見直し”が図られているのである。よって、これらは、説得力の如何によらず、観劇するだけで疑似的にではあるけれども、その安堵感を得ることができ、“やり直し”の心構えをするきっかけを与えてくれる効果があるような気がする。虐(イジ)め・失恋から戦禍・天災まで、こうしたもののテーマは限りないが、作り手の意図する落着が、忘我忘却の救(タス)けとなり、再出発の一助となるのであれば、その存在価値は十分ある。

或るインタヴューでカズオ・イシグロ(1954.11.8.)氏は、戦後、忘却というものが日本を救った、というようなことを語っていたように思う。氏が逆帰国子女であったことが、この逆説的な日本を客観視した指摘に繋(ツナ)がっているのは有意義である。氏の育った環境は日本的であったとは言えない。日本に関する主な情報は、1950年代の日本映画から来ている、という事であるが、そこにあるのは作られた郷愁であり、実像を投影した日常とは異質なものであろう。ところが、氏の見抜いた、この見解は、実に的を射た、又、時宜を得た、鋭い指摘である。或る意味、加害者にとっても、被害者にとっても、つらい体験、汚辱に満ちた過去などは忘れ去った方がいいのかもしれず、辻褄(ツジツマ)の合わない不連続的な生き方は、必ずしも否定されなくてもいいのかもしれない。(氏の名誉のために付け加えておくが、氏が言わんとしたことは、日本は今、曲がりなりにも民主主義国家の一員である、ということである。)

しかし、被害者の側が、それを忘れ去ることは、絶対にあり得ない。加害者の側が、いくら弁済しようと、“しこり”は縺(モツ)れとなって解消されないかもしれない。だが、何時か、誠意が実を結ぶことがあるかもしれない。つまり被害者は、加害者を赦す時が、やがて、来るかもしれない。その国が,真に謙虚さと礼節を国是とする国家であれば,そういうことが実現するかもしれない。楽観的過ぎることは解っているが、今、ここで、諦めてはいけない。個人であれ、民族であれ、互いを知り、互いを労(イタワ)るべきだ。ワン・プラネットの時代になった。子供たちに託す未来を考えなければならない。
忘却は解決にはならない。記憶を消してしまうことはできない。思い出したくないことは誰にでもある。しかし、記憶は記憶として、前に進まなければならない。記憶は記憶として、常に検証しつつ、前を向くのである。自らの道を切り開いていくためにも、前を向こう!
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