ショートコラムの憂鬱 2022 part 2


ショートコラムの憂鬱 2022 part 2
幻覚の数理学。

牧島象二(1907.5.25.-2000.4.30.)は数理学の権威である。氏は,「青年には若さと夢が,老年には哲学と深い洞察がある。もしこの両者を結びつけ得たらどうなるだろうか。」と疑義を呈した。氏はさらに,パターンダイナミクスなる新理論に傾倒し,その中の重要定理である「物事は全て基本要素が四つ又はその組合わせからなる」という論理に拘(コダワ)って次のように推理した。「これは現代科学で未解決のすべての難問に解決しようとするものである。即ち言葉だけで表現され文字を欠く科学領域に概念を符号化し,事象の論理を数式で示し,文字を入れる努力である。」

「具体的には生命科学,思考と心霊科学,人文科学のすべて,哲学,宗教,芸術,超推理現象などに数理理論を設けることである。これはドンキホーテ式主観一辺倒の自己陶酔的理論ではない。退職前から通算して約十年,お陰様で1000ページを超える数理的客観性を持つ論文の半ば近くまで進展した。その中では生命,思考,ガン,価値,破局現象,霊魂や神などの本質を,数理理論として解くことにほぼ成功している。その際の根拠としては反熱力学,第二情報,非線形集合論,トポロジー(位相数学)の四つの新科学理念と,四つの新方法論,即ち,量から質へ,解析から総合へハードからソフトへ,実事象のみの科学から虚事象も含めた科学の導入。この突破口が一度開かれると生命,ガンなどの難問や,ピカソ,ベートーヴェン,アインシュタインとジェンナー(種痘の創始者)の価値の比較,など思い掛けぬ問題に解答が出てくるに違いない。」氏の謂わんとする所は分からなくもないが,大げさであり誇張である。実際言葉は数式に変換されるものでもなく,変換すべきものでもない。如何に言葉を抽象化しようと,数式は数式であり,言葉は言葉である。「初めに言葉ありき」というではないか。

第一「学問は無欲の勝利」である。答えのない問題にいくら頭を絞っても何も得られない。
氏の時代は,まだ電脳が計算機に過ぎなかった頃である。電脳が思考に慧眼した今日,氏の言うような比較対比はつまり,マッチングのコンビネーションなど,考える以前に電脳が処理してしまうことも可能だろう。しかも,その数式化された言葉はさらに多角的な組み合わせを選択できることは言うまでもなく,命題を四分割してさらに組み合わせてもその累乗以上の答えを抽出することは不可能である。科学を数式化できても,言葉を数式化することは困難である。ボクたちは,言葉を暗号と誤解して数理学を編み出した訳ではない。仮に,記号論・暗号学に答えを見いだすとすれば,それは言葉の持つ抽象的概念であり,具体的現存在とは異質なものである。従って,パターンダイナミクスという手法は人間の持つ錯覚の一種であり,現実とは相容れない事象を扱うものと見えるが,どうだろう?
2022年11月16日
Posted by kirisawa
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