ヤスパース 限界状況 ;近代ドイツ 16
ヤスパース 限界状況;近代ドイツ 16
カール・ヤスパース(Karl Theodor Jaspers 1883.2.23.-1969.2.26.)は,ニーダーザクセン州オルデンブルクに生まれた。父は銀行勤めとも,法曹界の出身とも言われる。ヤスパースは,早くから,哲学に目覚め,古典語ギムナジウムから1901年ハイデルベルク大学に入学,次いでミ...
ニーチェ 神は死んだ(2);近代ドイツ 15
ニーチェ 神は死んだ(2);近代ドイツ 15
1881年,ニーチェが,アルプス山中を散歩している最中に啓示の如く閃(ヒラメ)いたのが永劫回帰という概念であったが,1883年,その思想の延長線上に浮上したのが,超人という人をも神をも時間をも超越した存在である。その人格の物語が,「ツァラトゥストラはかく語った...
ニーチェ 神は死んだ(1);近代ドイツ 14
ニーチェ 神は死んだ(1);近代ドイツ 14
ニーチェ(Friedrich Wilhelm Niezsche 1844.10.15.-1900.8.25.)はプロイセン王国ザクセンのリッツェン近郊にプロテスタントの牧師を父として生まれたが,その父を5歳の時に失い,母と妹エリザベート共にザーレ湖畔のナウムブルクに移った。プォルタ校の人文主義教育は彼...
リヒャルト・ワーグナー 民族的芸術の躍動(1);近代ドイツ 11
リヒャルト・ワーグナー 民族的芸術の躍動(1);近代ドイツ 11
リヒャルト・ワーグナー(Wilhelm Richard Wagner 1813.5.22.-1883.2.13.) が生を受けたのは,ザクセン王国のライプツィヒである。父親は警察の下級官吏であり,母親はパン屋の娘であって,リヒャルトは第9子であり,父親は誕生から間もなく急逝した。...
リヒャルト・ワーグナー 民族的芸術の躍動(3);近代ドイツ 13
リヒャルト・ワーグナー 民族的芸術の躍動(3);近代ドイツ 13
何分にも,ワーグナーは余りにも情念に忠実であって,その行動も独断に過ぎ,チャンスを逸することも屡々(シバシバ)であり,自分の芸術的欲求を優先させる余り,その上演の準備が間に合わないこともあった。しかし,そんな彼ではあったが,幸運にも,...
リヒャルト・ワーグナー 民族的芸術の躍動(2);近代ドイツ 12
リヒャルト・ワーグナー 民族的芸術の躍動(2);近代ドイツ 12
ワーグナーは,ハイネに感化されて,1842年,「さまよえるオランダ人」を完成させ,その直後,故郷ザクセン王国ドレスデンに戻り,10月「リエンツィ」の初演で大成功を治め,1843年2月,ザクセン国立歌劇場管弦楽団指揮者に任命された。ワーグナーは,...
ショーペンハウアー 東洋思想の流入;近代ドイツ 10
ショーペンハウアー 東洋思潮の流入と古典主義;近代ドイツ 10
アルトゥール・ショーペンハウアー(Arthur Shopenhauer 1788.2.22.-1860.9.21.)は裕福な商人ハインリヒと名門トロジーネル家出身の女流小説家ヨハンナとの長男としてダンツィヒ(現グダニスク)に生まれた。父ハインリヒは,国民主義自由主義運動に...
マルクスとエンゲルス(3)革命の失敗とイギリスでの余生;近代ドイツ 9
マルクスとエンゲルス(3) 革命の失敗とイギリスでの余生;近代ドイツ 9
1844年、エンゲルスは、帰国の途上,パリで,マルクスと再会し,互いに同志として打ち解け合う仲となった。二人は生涯の友情を誓い,以後,衝突すること無く,困難に会えば支え合い,難局に際しては励まし合って,共に旧態然たる諸勢力と...
マルクスとエンゲルス(2)使命感の沸点とその過ち;近代ドイツ 8
マルクスとエンゲルス(2) 使命感の沸点とその過ち;近代ドイツ 8
1842年11月、エンゲルスは、マンチェスター西部ソルフォードに向かっていた。そこには,父親が出資した「エルメン&エンゲルス商会」の紡績工場があり,彼の経営能力が試されることになっていた。しかし,エンゲルスは,その意に反し,中間層との...
フォイエルバッハ 迷走する未来と精神の昇華、唯物論の登場;近代ドイツ 6
ルードヴィヒ・フォイエルバッハ(Ludwig Andreas Feuerbach 1804.7.28.-1872.9.13.)はバイエルンのランツフートに、高名な刑法学者ポール・アンセルムの四男として誕生した。一家は、著名な知識人・学者・画家といった人々であった。考古学者の長兄ヨーゼフ・アンセルム、数学者の次兄カール・ヴィルヘルム、法学者の...