500マイル 第4章 内在との出会い


500マイル 第4章 内在との出会い encounter to the immanence

 遠い旅路の果て,未知なる道が開かれ,向こう側への旅が始まる。

世界は既に溶融し始めている。それは,幻視(原子・原始)から始まり,幻視へと回帰する奇妙なクロニクル(年代記)の1ページ。惑星の1ページである。

「邪悪な者たちが地球を蝕(ムシバ)んでいる。彼らは愛と自由の女神へ戦いを挑んでいるのだ。」シモーヌ・ヴェィユ(Simone Weil 1909.2.3.-1943.8.24.)は,世界戦争の時代を生き,その惨劇を目の当たりにし,自分は究極の思索と共に歩んだ短命の思想家・哲学者である。「世界は地獄の炎に焼き尽くされようとしている。」彼女の父親はアルザス出身のユダヤ系フランス人で軍医であり,証明しえない机上の議論を拒否する「完全な不可知論者」であって,それ故,人間は神を認識できない,という立場をとっていた。兄アンドレ(Andre Weil 1906.5.6.-1998.8.6.)は長じて,著名な数学者となり,インド哲学にも傾倒し,サンスクリット語も習得した人物であって,妹とも仲が良く,そのやり取りを通して少女の頭脳は,観念的妥協から脱し,より現実的で分かりやすい実践的哲学を構築することになっていった。こうした環境の中で,観想に耽る性癖を持つシモーヌは,より深い内奥に秘められた内在との対話を通じ,自分の信仰の扉を開き,宗教へも接近していった。

シモーヌの子供時代からその青春にかけては,正に戦争という抑圧と搾取と殺戮の時代であった。その間,シモーヌは,教師となり,労働組合運動にも積極的に参加し,左翼の活動家となり,スペイン内戦にも参加し,女工としても働き,その職場の事故で負傷し,蹂躙(ジュウリン)された祖国のためレジスタンスにも身を投じ,アメリカにも行き,フランスへの帰国の経由地であるイギリスのアシュフォードで栄養失調と結核のため34歳で衰弱死する。孤軍奮闘する彼女にとって,その哲学の本質は人間愛の実現と和解にあり,それを自らの行動で示す濃密な時間にこそ人生の意義があった。そこで示される現象は不可逆的なものであり,例え,彼女が宗教上の虚構に踏み込もうとも,その信仰の中軸は内在そのものであって,超越者の顕現を否定はしなかったが,それが自分の空想に過ぎないものであることも自覚していた。彼女は言った。「神を待ち望む」と。神の摂理を信じたとしても,彼女自身の行動は彼女の内在によって決定されており,彼女自身に変わりは無かった。非存在である超越者を観想することは,予定調和を信じる彼女自身にとって,その哲学を実践するにも,それは勇気の源であったからである。

内在と実存のギャップは,彼女には無かったかもしれない。彼女は純粋に哲学の実践者であり,真の体現者であった。彼女の哲学は日本流に言うなら,孤塁を守る知行合一の哲学であり,内在に依拠する友愛は,混然一体となって押し流されていく時代の中にあって,自由平等・愛・平和への希望を繋ぎ止めておくことにこそあった,とも言える。人々の艱難辛苦(カンナンシンク)の受難の後ろ向きの時代にあって,シモーヌは,勇気をもって,団結と連帯を説き,やがて来る約束の新時代を現出して見せることこそが彼女の哲学であり,信仰であり,自己救済の道だったのである。
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