むかしばなし once upon a time 第1章


むかしばなし ones upon a time 第1章

その頃付き合っていた女性に、スージーがいた。彼女は某金融会社の社員で、かなりの切れ者で、将来は優秀なトレーダーになるだろうと、嘱望されており、ボクも、彼女とマーケットの話をするのが、至上の歓び(?)となっていた。しかし、迂闊(ウカツ)には手を出せないオーラがスージーにはあった。火遊びは火傷の因(モト)。そんな感じだった。スージーがうちに来る経緯(イキサツ)は、その会社の支店長が作った。彼は、ボクが半ばジョークでいった,他意の無い、端(ハシタ)無い呟きを曲解し、昼夜となく,仕事に感(カマ)けていて,応接のソファーに,朝から寝込んでいるボクを半ば助けるべく,あるいは,締め切りに間に合わせるために,その支店の生え抜きの取って置きの妖女を、去り気無く、ボクの担当にしたのである。

ボクとスージーは親子以上、年が違う、変な、アブストラクトな、不釣り合いなコンビネーションだった。実際、彼女の両親は、ボクよりも、一回り下の世代であり、かなりのアンバランスである。しかし、スージーは怯(ヒル)むことなく、屡々(シバシバ)訪ねてきて、自分の遍歴をさらけ出して見せ、細々(コマゴマ)としたことまでして、帰っていった。そうこうするうちに2年が過ぎ,彼女は異動となり,別れの挨拶にやって来た。素っ気無い態度の反面,斜に構えた視線で,「あなたは,穏やかで,純情そうに見えるけど,書くことは鋭くて,本当は,他人(ヒト)の気持ちを見抜いているのに,肝心の真実(コト)には触れようとしない。実際は,融通も聞かない唐変木だった。」と言い得て妙の捨て台詞を残し,去っていった。

 スージーQとは往年のヘビー級ボクサー,ロッキー・マルシアノ(Rocky Marciano 1923.9.1.-1969.8.31.)の破壊力のある右フックの事である。イタリア系移民の子であるロッキーはマサチューセッツ州に生まれた野球の好きな少年だった。ところが,ハイスクール時代に,未公認のチームへ参加したことによって,退学の憂き目に遭い,その後は職を転々とする生活を送り,外(ソト)世界での成功は望むべくもなかった。彼の運気が変わったのは徴兵されてボクシングに出会ってからである。彼の反射神経と並外れたパンチ力は直ぐに評価され,1947年3月,プロに転向すると,3回KO勝ちで,鮮烈なデヴューを飾った。

1951年10月,元世界チャンピオン・防衛25度の,ジョー・ルイスとの一戦では,8回ノック・ダウンと完勝し,翌1952年9月23日,とうとう世界チャンピオン,ジョー・ウォルコットに挑戦する権利を得,いよいよ,マルシアノは,名実共に,頂点に立つチャンスがやってきた。試合は激戦となり,12回まで,マルシアノは苦戦を強いられ,明らかに情勢は不利であった。ところが,13回,ドラマが待っていた。ボクシングの歴史上、恐らく、最も紳士的で、最も寡黙なボクサーであるマルシアノの右のグローブが,ルイスの顔面を直撃,チャンピオンは崩れ落ち,カウント・アウトの鐘が鳴った。

マルシアノの右フックは「スージーQ」と呼ばれ,防衛回数は6度,端正な顔立ちに似合わぬ打ち合いを得意とし,「スージーQ」の炸裂は続いた。尚,シルヴェスタ・スタローンの映画「ロッキー」とは縁も所縁(ユカリ)も無い。「スージーQ」については,クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)の歌詞に詳しい。
2021年09月30日
Posted by kirisawa
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