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そもそも、電子音楽とは、電気回路の出現と共に姿を現した得体の知れない、奇妙な音の一群である。19世紀後半、既に、電話回線のnoiseなどで、その一端は知られてはいたものの、それが、音楽になるとは、まだ、その頃は誰も、考えてはいなかった。ただ、町の発明家たちによって、電気楽器の雛型は様々に試作され始めていた。当時、時代は機械の時代の幕開けであり、あらゆる分野で発明・発見がboomとなっており、電気音楽も又、その例に洩れなかった。
1906年、Americaで一般公開されたテルハーモニウムTelharmonium(別名ダイナモフォンDynamophone)が、史上初の電子楽器(真空管を使用)と言われている。長さ60feet、重さ200t、電話回線を使い、受話器でkeyboardの演奏を聞く。製作者のサディウス・ケイヒルThaddeus Cahillは有料音楽配信を目論んだが、電話回線を占有できず、破綻した。それから、ほぼ10年、1917-1919年頃にSovietの発明家レフ・テルミンLev Termen教授が、実験的ではあるが、かなり本格的な、電子楽器の開発に成功した。その名も、テルミンTermenと名付けられたその楽器は、アンテナantenna間の静電容量を手で遮断することによって操作でき、その変化をヘテロダインheterodyne方式で音に変換して演奏するという画期的なものであった。1921年10月、テルミンの発明は世界初の電子楽器として、公式に発表された。その後、類似する楽器が各国で発明される事態になったが、1928年に発表されたオンド・マルトノOndes Martenot、という新しい電子楽器は一味違っていた。発明者は、フランスFrance人モーリス・マルトノMaurice Martenot。これも、テルミンの改良版といったものであったが、光学方式を取り、しかも、音程をリボンribbonで制御するなど、様々な工夫がみられ、オリヴィエ・メシアンOlivier MessiaenのトゥランガリラLa Turangalila交響曲に採用されたのである。
しかし、何と言っても、エレクトリック・ギターelectric guitarの発明に勝る電気楽器の発明はない。1920年代から1930年代初期にかけて、数多(アマタ)の電気技師・工作者が、その開発・実験・製作に参画し、それぞれにいくつもの成果を上げたことは、吝(ヤブサ)かでないが、だれが発明者だったか、ということは今や、虻蜂取らず、であり、雲を掴(ツカ)むような話である。エレクトリック・ギターの形状は比較的自由で、構造は専用マイクロフォンmicrophoneであるピックアップpickupが装備されているのが特徴である。最初の電気的に音を増幅できるtypeは、1931年、ジョージ・ビーチャムGeorge Beauchampによって発明された。当初、エレクトリック・ギターは高価であったらしく、一部の有名ジャズ・バンドjazz bandに使われる珍重品であり、大衆的なものではなく、奏法もアコースティックacousticなメロディーラインmelody lineを弾くのみであったが、そのマイルドmildな音色は人々に好印象を与えた。
エレクトリック・ギターの爆発的流行は、まさにロックンロールRock and Roll旋風によって起こった。1950年代初頭、ブルースblues系のB・B・キングKing、伝説のロックン・ローラーRock ‘n’ Roller、チャック・ベリーChuck Berryらによって、エレクトリック・ギターは大衆に浸透し、最初の黄金期を迎える。そして、満を持して登場したエルヴィス・プレスリーElvis Presleyが、若者のロックンロール・ブームboomに火を着け、エレクトリック・ギターはそれに無くてはならない必需品となった。以後、ポップ・ミュージックpop musicの世界では、band熱が高まり、エレクトリック・ギターの申し子たちの時代が到来する。
而して、一方では、別の流れが存在した。いわゆる、ブルースロックblues rockへとつながるアンダーグラウンドunder groundの流れである。ブルースロックとは、本来、黒人の内面的音楽であるブルースを、白人がロックスタイルstyleで演奏するもので、そのソウルフルsoulfulな局面をエレクトリック・ギターのアドリブad libとウイープweepで表現しようとする。その原点は、B・B・キングやマディ・ウォーターズMuddy Watersらによって演奏されたブルースであり、それを模倣、発展させ、band形式に編成して演奏する音楽をブルースロックと呼ぶようになったのである。後述するジミ・ヘンドリクスJimi Hendrix、クリームThe Creamは、この流れに属するミュージシャンmusicianたちで、ロック、ブルース、ジャズに通じた強者(ツワモノ)たちである。
1960年代になると、pop music全盛の世界は、二つの新しい潮流に激しく揺さぶられることになる。一つは、電子音を多用するシュトックハウゼンKarlheinz Stockhausenらの実験音楽の登場であり、もう一つは、何もかもを取り込んでいくサイケデリックサウンドpsychedelic soundの台頭である。このサイケデリックと呼ばれたcultureには決まった定義はなかったが、音楽に限って言えば、popsも、jazzも、bluesも、rockも、classicも、African beatでさえ、その垣根は取り払われ、深遠な魂の音の流れの中で合一するとimageされていた。当然、blues rockの一群はこれに合流していく。
1960年代半ば以降、rock musicianたちは、著しく、実験音楽的色彩が濃くなっていく。それは、魂の解放を求める時代の趨勢に呼応する超現実的音楽への志向が強まったためだった。もはや、rockは、jazzも、bluesも、classicも、forkも飲み込んで、絶え間ないエレクトリック・ギターとベースのリフref.と新たに加わったシンセサイザーsynthesizerの強烈な電子音の中に沸騰しているようだった。ピンクフロイドPink FloydやELPといったgroupが、この渦中にいた。ビートルズThe BeatlesやローリングストーンズThe Rolling Stonesも一時的に変質した。時代とは、そういうものかもしれない。
そして、瞬く間に、アナログanalogの時代は終わる。noisyで強烈だった時代、繊細でnaiveだった時代は過ぎ去り、良かったのか、悪かったのか、力尽くの時代は終わった。緻密に計算され、programされ、samplingされる時代の前で、それらは静かに眠った。