ショートコラムの憂鬱 2020 part 11 Clockwork and lecherous shameless(時計仕掛けと色仕掛けの破廉恥)。


その時、高橋章子(1952.10.28.)は、美術学校目指して浪人中の18歳の夏、だったと思う、と語っていた。気分はアセリ気味で虚無感に苛(サイナ)まれ、なにやらナサケナイの一言で、一人じゃヨソん家(チ)へ行ったことも無い自分が、妙に自虐的な心持ちになり、そのヨソん家(チ)、つまり、映画館に闖入(チンニュウ)して行ってしまったのだ、という。

映画館は、確か、渋谷文化の1Fだった。混んではいない。どちらかと言えば、空(ス)いている。明るい所から、急に、もうすでに始まっているその空間に足を踏み入れれば、お先真っ暗、目の前暗転である。手探りで、後ろの方に、座る。初めて、一人で映画館に入った心細さを少しでも和らげるには、その背後を気にしなくとも済む後ろの方の席が、何よりなのであった。人がいっぱい後ろにいると、ウンコをしているのを皆に見られているようで、落ち着かない。

その席に慣れてくると、館内の冷気が気になってくる。ヒンヤリしている。冷房が効いている。予備校サボって、こんなことしててイイんだろーか?嗚呼(アア)、この映像のシビアさ、今の私の心境を絵に描いたみたいではないか!う~ん、何だかわからぬ吐息が漏れている。段々、闇に眼も慣れ、周囲の気配のトーンにも気が付き、徐(オモムロ)にゆっくり見回すと…

何なんだ。皆、すっかり、春爛漫の花の色狂い。何で発情?ほの暗い館内は至る所でカップルがいちゃつき、視界に入る、ほぼすべての人類、ホモサピエンスは性的興奮、エキサイト状態だった、と高橋さんは回想する。そして、言う。「時計仕掛けのオレンジ」の詳細は覚えていない。ただ、ナナメ前の席のノースリーブの小麦色の女の子が、あ~んとか言って、男の子の口の中にポップコーンを一つずつ入れていた。私は、その「あ~ん」の事ばかりがやたら、しっかり記憶に残っていて、「時計仕掛けのオレンジ」と言えば、実に、この「あ~ん」だけなのである。
2020年11月01日
Posted by kirisawa
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