マートレーヤ 3章 ねじ巻き時計の海 Sea of wind-up Clock


 群衆の嘲笑と罵声の中を、綱渡り師は、ただ、黙々と進んでいった。

メタンハイドレート(Methane hydrate)は、海洋に蓄積されたエネルギー資源のうち、最大、かつ、最良の、しかし、最も危険で、憂うべき存在である。係る懸念は、資源調査が大々的に始まった20世紀後半の頃から日増しに強まり、現在では、その開発に否定的な意見が圧倒的になっている。その理由は、気候変動問題とメタンそのもののメタンハイドレートからの分離・抽出問題である。前者について言えば、これ以上の二酸化炭素量の上昇に地球は耐えられない。そして、今、時代はサスティナビリティを重視した開発に舵を切ろうとしている。このタイミングで、二酸化炭素をさらに吐き出すメタンを燃焼させる技術を開発する必要は無い。更に、後者の問題であるが、要するに技術的にも、コスト的にも対応できないことが明らかに成りつつあり、見通しは全く立っていない。こうしたことから、メタンハイドレートは夢の次世代資源ではなく、幻の資源候補に過ぎなかったことが間もなく、判明するのである。

海の全体像が、朧気(オボロゲ)ながら、明らかになった、と言えるのは、20世紀も半ば過ぎの事である。それまでの海は、神秘と魔力が交錯する茫々洋々、捉え切れない、知られざる怪物、といった趣の世界であり、近寄りがたい神々の領域と考えられてきた。海には、いろいろな摩訶不思議な現象・事件が五万とあり、その謎は、ほぼ全てが解けずじまいに終わった、と言っていい。

 現在、海は、気候変動問題との関連で注目を集めている。即ち、海は太陽エネルギーを原動力とした水循環の主要な現場であり、地球の気候に大きな影響を与えうる重要ファクターである。俗に海の影響を大きく受ける気候を海洋性気候というが、影響といっても、緯度経度による違い、所謂、地域性、海流温度、上空の大気環境、気圧配置などに左右されるので、一概にその性質を断定的に述べることは出来ない。しかし、以上のような個別の諸条件とその連関・相関・対応関係をサンプリングすることによって、かなり正確なマルチ・シミュレーションを行うことが可能になっている。そうした、アルゴリズム・観測システムの予想を超えた進展が、危機的状況にある地球環境の修復と改善に果たす役割の重要性はますます増してきており、今後一層のデジタル技術の発展が期待されるところである。

 海の海面では、湿度は一般に、水蒸気の蒸発によって高く、常温流や暖流域では降水量は多い。一方、寒流域では、海面付近の空気は冷たく、上層は暖かいので空気の循環は起こらない。つまり、上昇気流が起きないので雲が発生する確率が低く、この地域では降水量は少ないことになる。この傾向は、南北両半球ほぼ同じであるが、海岸線の地形、及び、隆起常態によって、その気候は大きく異なる。こうした地形・変動海面のデータは、言うまでもなく、衛星のレーザー観測により、リアルタイムに処理された最新データであり、すぐに、地上局のAIプロセッサにより解析されていく。

ここで、気候変動(climatic variation)について概説しておく。気候変動の主要要素は地球温暖化(Global warming)と呼ばれる人為的な気温上昇現象であり、加えて、その不可避的継続の予想を言い、その現象が、人類と自然界に与える損害を予測し、抑制・防御することは未来に対する責任であり、義務である。そもそも、気候とは、地球物理現象であり、それは、主に、大気と海洋の相互システムにより機動する装置である。海洋の地下、即ち、海底は地球を周廻する山脈と地溝帯から成る連続する火山帯であり、その活動は地上のどの火山帯よりも活発であり、規模も大きく、マグマは海底辺を流れ、地球内部の様々な物質を地上へと送り出す役割を果たしている。この活動によって、海底の海水温度は変化し、それはすぐ、湧昇(温度差によって海水が上昇する現象)に反映され、エルニーニョやラニーニャ、南方振動といった変動と同期して気象に影響する。これに加え、地球外要因として、太陽活動の変調、又、地球の公転軌道に関する変化、火山活動による大気中のエアロゾルの増大、土壌性エアロゾル、海塩粒子の発生、そして、今や、決して小さくない変動要因となった人間の生産活動に由来する、温室効果ガスや大気汚染物質、排出二酸化炭素などが、全て、気候変動の外部強制力として働いているのである。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、「1750年以来、二酸化炭素濃度は31%、メタンは151%、窒素酸化物17%、対流圏のオゾンが36%増加した」、と発表した。客観的事実として、この報告は、イギリスに始まる産業革命以来、化石燃料が大量に消費され、ために、1945年以降、二酸化炭素と人為的温室効果ガスが著しく増加し、環境と気候が予想できない変化に曝(サラ)されることになってしまった事実を再確認したものとなったが、2020年現在になっても、事態は一向に改善しないばかりか、悪化の一途をたどっている。

地球上の表面に存在する水の97.5%、約13億5,000万㎦が海水であり、次に多いのが、氷床で、約2,500万㎦である。1年間に海から蒸発する水量は50.5万㎦と推定され、大気の条件によっては台風の発達など、降水の多い気象と関係する。大体、蒸発した海水の91%は淡水の雨となって元の海上に降水し、残り9%が陸地や氷原・氷山に雨か雪になって降り河川や地下水など、何らかの流水となって海に戻ることになっているが、有機生命体の体の一部としてわずかに残存する水分も微妙にある。

又、海には、海流があり、地球を還流している。これは、所謂、コリオリの力(地球が東向きに自転しているために、低緯度の地点から高緯度の地点に向かって運動している物体には東向きに、高緯度の地点から低緯度の地点に向かって運動している物体には西向きに働く力)の作用で対流しているもので、北半球では、時計回りに、南半球では反時計回りに、循環している。即ち、赤道付近で東から西向きに流れてきた温かい海流が、陸地近くで、南北に分かれて大陸沿岸を分流する。暖流は、熱帯近くの海で温められ水蒸気を蒸発させているため、高温で塩分濃度が高く、寒流は低温で塩分濃度は低いが、リン(P)などを豊富に含み、プランクトンを繁殖させて、漁場を作る。さらに、1,000m以下の深海をゆっくり流れる深層流という海流がある。これは、グリーンランド近海で生成された冷たく重い塩分濃度の高い海水が、次第に沈み込み、赤道に向かい、1,000年かけて、南極大陸に到達し、その周辺を周回し、その海域の低冷水とも融合して、今度は、太平洋やインド洋を回遊しながら温まり、北上して湧昇流となり、海面まで上昇する。こうして、表層まで浮上した海流は、又、グリーンランド沖へと還流していく。この循環を、熱塩循環と呼んでいる。この海流は、地球気候の長周期循環と関係すると推測されている。

気候変動は海と切っても切れない関係であり、海洋が年間に吸収する二酸化炭素は20億トン炭素(炭素の重さにしての重量)に上るが、一方で同量の二酸化炭素が放出される。これが何を意味するかと言えば、気温を一定に保つ効果があるとされ、要するに温度差の平衡を維持する機能があるという。このバランスを失えば、温暖化の進行に歯止めをかけることが難しくなり、気温上昇か、火星が辿ったような海洋消滅・寒冷化、のどちらかの道を歩まざるを得なくなると、未来学者は警告する。

グレタ・トゥーンベリ(2003.1.3.)の打ち鳴らす警鐘に耳を傾ける者がいるか、どうか、は知る人ぞ知る、ということでしかない。彼らの時代まで、地球環境が保(モ)つか、どうか、責任を持てる者はどこにもいない。指導者と名の付く誰一人、まだ本気で取り組もうとしていない。そうして、例によって、手遅れとなるかもしれない。間抜けで無能で無責任なボクたちのせいで。
2020年07月06日
Posted by kirisawa
MENU

TOP
HOME