HOME > むかしばなし once upon a time 第3章 最近の投稿 不思議の国の高度理系人材の不足 2 不思議の国の高度理系人材の不足 1 ショートコラムの憂鬱 2022 part 2 知らず語りのレトリック。 幸運の輪 [wheel of fortune];煉獄への誘い その11 アーカイブ 月を選択 2022年12月 (1件) 2022年11月 (3件) 2022年10月 (3件) 2022年09月 (12件) 2022年08月 (4件) 2022年07月 (3件) 2022年06月 (10件) 2022年05月 (4件) 2022年04月 (2件) 2022年03月 (2件) 2021年12月 (7件) 2021年11月 (7件) 2021年10月 (9件) 2021年09月 (3件) 2021年08月 (10件) 2021年07月 (5件) 2020年11月 (10件) 2020年10月 (6件) 2020年09月 (8件) 2020年08月 (11件) 2020年07月 (12件) 2020年06月 (15件) 2020年05月 (11件) 2020年04月 (3件) 2020年03月 (11件) 2020年01月 (3件) 2019年12月 (3件) 2019年11月 (9件) 2019年10月 (5件) 2019年09月 (5件) 2019年08月 (5件) 2019年07月 (7件) 2019年06月 (6件) 2019年04月 (1件) 2019年03月 (5件) 2018年12月 (4件) 2018年11月 (1件) 2018年08月 (2件) 2018年05月 (2件) 2017年11月 (1件) 2017年08月 (1件) 2017年06月 (2件) 2017年05月 (1件) 2017年04月 (2件) 2017年03月 (3件) カテゴリー カテゴリーを選択 コンピューター AI トピックス ドイツ ネコ 世界 人 占い 哲学 地球 宗教 工学 心理学 手塚治虫 文学 歴史 環境 生活 生理学 真理 社会 神聖ローマ帝国 科学 経済 自我と人格 言葉 言語 近代ドイツ 運命 音楽 むかしばなし once upon a time 第3章 むかしばなし once upon a time 第3章 ボクは日がな一日,彼女のことを考えていたりする。その年の正月,京都へ大変重要な会議に出席するため向かっていたのだが,正直言って,ボクは既に,その方面では時代遅れの存在であり,後進に道を譲るべき立場だった。その前日は知恩院の隣の都ウェスティンに泊まり,夜は知人の紹介で美濃吉という和膳の店へ出かけた。すると,不思議なことに,その店の主人は佐竹家の流れを汲む方で,ウナギ料理を中心に和食の割烹の道に進み,今,京都でも評判の店を構えているという。それはそれは,大変な御馳走で,大歓迎されたのだが,佐竹家とは,武家の名門の家柄であり,維新後は華族という吝(ヤブサ)かでない身分だった筋目正しい家柄である。聞くとはなしに聞いてみると,太平洋戦争後,美濃の揖斐川の近くに疎開し,そこでウナギ料理を始め,京都にやってきたという。美濃吉という店名もそこに由来するとのこと。然も,さらに驚いたのは,ボクの知人の女性の娘さんがそこで働いていたことである。仲居さんと言うのだろうか,偶然にも,苗字は同じ何某でバイトできていると言う。彼女の接客ぶりは品があり,京の佇まいにはぴったりで,楽しい一時を味合わせてもらった。 もう若者の時代だ,と実感する毎日が続く。会議の後,平安神宮に寄ってみる。こういうところにお参りに来ること自体,年寄り臭い。昔,二人で歩いた場所を振り返りながら,日の移ろいの早さを目の当たりにする。後100までと言われてもどうしていいのか,分からないというのが現実である。新幹線が仙台に近づくにつれ,又してもいつもの日常が待っていると思うと,何かしら後ろめたさや恥ずかしさを感じるのも,第一線から退くべき年齢を意識するからに他ならない。大谷翔平や藤井聡太など,若者のヒーローたちが活躍する時代,ボクたちは時代遅れの障害物にはなりたくはないが,もう時代についていけないというのが本音である。だからと言って,年金を当てにして食っていけるほど,年寄りではない。フォーカスの当て方を間違っていなければ,ダイバーシティの時代だからもう一旗揚げたいところだが,そんな資金もない。退職金を当て込んでみても,額は知れており,何をしようにも,先立つものはそれに尽きる。明日は我が身の生活保護かもしれない。 仙台駅の西口にはいつもの通り,タクシーが列を作っていた。小雪の舞う中を暖房の車に滑り込み,帰宅の途に就く。道路沿いの街は雪道となり,見慣れた風景が走り去っていく。 生活 社会 2022年05月01日 Posted by kirisawa 戻る
ボクは日がな一日,彼女のことを考えていたりする。その年の正月,京都へ大変重要な会議に出席するため向かっていたのだが,正直言って,ボクは既に,その方面では時代遅れの存在であり,後進に道を譲るべき立場だった。その前日は知恩院の隣の都ウェスティンに泊まり,夜は知人の紹介で美濃吉という和膳の店へ出かけた。すると,不思議なことに,その店の主人は佐竹家の流れを汲む方で,ウナギ料理を中心に和食の割烹の道に進み,今,京都でも評判の店を構えているという。それはそれは,大変な御馳走で,大歓迎されたのだが,佐竹家とは,武家の名門の家柄であり,維新後は華族という吝(ヤブサ)かでない身分だった筋目正しい家柄である。聞くとはなしに聞いてみると,太平洋戦争後,美濃の揖斐川の近くに疎開し,そこでウナギ料理を始め,京都にやってきたという。美濃吉という店名もそこに由来するとのこと。然も,さらに驚いたのは,ボクの知人の女性の娘さんがそこで働いていたことである。仲居さんと言うのだろうか,偶然にも,苗字は同じ何某でバイトできていると言う。彼女の接客ぶりは品があり,京の佇まいにはぴったりで,楽しい一時を味合わせてもらった。
もう若者の時代だ,と実感する毎日が続く。会議の後,平安神宮に寄ってみる。こういうところにお参りに来ること自体,年寄り臭い。昔,二人で歩いた場所を振り返りながら,日の移ろいの早さを目の当たりにする。後100までと言われてもどうしていいのか,分からないというのが現実である。新幹線が仙台に近づくにつれ,又してもいつもの日常が待っていると思うと,何かしら後ろめたさや恥ずかしさを感じるのも,第一線から退くべき年齢を意識するからに他ならない。大谷翔平や藤井聡太など,若者のヒーローたちが活躍する時代,ボクたちは時代遅れの障害物にはなりたくはないが,もう時代についていけないというのが本音である。だからと言って,年金を当てにして食っていけるほど,年寄りではない。フォーカスの当て方を間違っていなければ,ダイバーシティの時代だからもう一旗揚げたいところだが,そんな資金もない。退職金を当て込んでみても,額は知れており,何をしようにも,先立つものはそれに尽きる。明日は我が身の生活保護かもしれない。
仙台駅の西口にはいつもの通り,タクシーが列を作っていた。小雪の舞う中を暖房の車に滑り込み,帰宅の途に就く。道路沿いの街は雪道となり,見慣れた風景が走り去っていく。