むかしばなし once upon a time 第3章


むかしばなし once upon a time 第3章

ボクは日がな一日,彼女のことを考えていたりする。その年の正月,京都へ大変重要な会議に出席するため向かっていたのだが,正直言って,ボクは既に,その方面では時代遅れの存在であり,後進に道を譲るべき立場だった。その前日は知恩院の隣の都ウェスティンに泊まり,夜は知人の紹介で美濃吉という和膳の店へ出かけた。すると,不思議なことに,その店の主人は佐竹家の流れを汲む方で,ウナギ料理を中心に和食の割烹の道に進み,今,京都でも評判の店を構えているという。それはそれは,大変な御馳走で,大歓迎されたのだが,佐竹家とは,武家の名門の家柄であり,維新後は華族という吝(ヤブサ)かでない身分だった筋目正しい家柄である。聞くとはなしに聞いてみると,太平洋戦争後,美濃の揖斐川の近くに疎開し,そこでウナギ料理を始め,京都にやってきたという。美濃吉という店名もそこに由来するとのこと。然も,さらに驚いたのは,ボクの知人の女性の娘さんがそこで働いていたことである。仲居さんと言うのだろうか,偶然にも,苗字は同じ何某でバイトできていると言う。彼女の接客ぶりは品があり,京の佇まいにはぴったりで,楽しい一時を味合わせてもらった。

 もう若者の時代だ,と実感する毎日が続く。会議の後,平安神宮に寄ってみる。こういうところにお参りに来ること自体,年寄り臭い。昔,二人で歩いた場所を振り返りながら,日の移ろいの早さを目の当たりにする。後100までと言われてもどうしていいのか,分からないというのが現実である。新幹線が仙台に近づくにつれ,又してもいつもの日常が待っていると思うと,何かしら後ろめたさや恥ずかしさを感じるのも,第一線から退くべき年齢を意識するからに他ならない。大谷翔平や藤井聡太など,若者のヒーローたちが活躍する時代,ボクたちは時代遅れの障害物にはなりたくはないが,もう時代についていけないというのが本音である。だからと言って,年金を当てにして食っていけるほど,年寄りではない。フォーカスの当て方を間違っていなければ,ダイバーシティの時代だからもう一旗揚げたいところだが,そんな資金もない。退職金を当て込んでみても,額は知れており,何をしようにも,先立つものはそれに尽きる。明日は我が身の生活保護かもしれない。

 仙台駅の西口にはいつもの通り,タクシーが列を作っていた。小雪の舞う中を暖房の車に滑り込み,帰宅の途に就く。道路沿いの街は雪道となり,見慣れた風景が走り去っていく。
2022年05月01日
Posted by kirisawa
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