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A・Eは、親族や世間体を気にする両親のありきたりの要求を呑んで、凡庸(ボンヨウ)な中等学校の教職に就こうとは思っていなかった。彼は若く、ロマンティックで野心に満ち、夢に憑(ツ)かれていた。彼は、自分の可能性を切り開こうと、自らを鼓舞し、能力を引き出し、懸命に努力し、何よりも、次代を見据えていた。彼は、科学の革新を目指す確信に満ちた革命家であって、次代を牽引(ケンイン)する先導者となる運命にあった。彼は、先ず、博士号を取り、学問の道を極めたいと思っていた。そして、ミレヴァは、卒業試験の再試験を受ける許可を得て、A・Eと同じコースを追いかけるべく再び立ち上がった。「1900年9月。ドリー、研究を続けるんだ。愛しい人が博士号を取ったら、ボクはどんなに誇らしいことか。」
A・Eは学業を続けるために、何らかの収入を得なくてはならなかった。ところが、ウェーバーは勿論、教授たちは誰一人、彼に力を貸す者はいなかった。しかも、侮蔑的にも、ウェーバーはミレヴァに職を与え、彼を見下したのだった。それでも、A・Eは忍従して言った。「彼の実験室には、最高の設備がある。うまくやらないと。」A・Eが実験室を自由に使えたのは、偏(ヒトエ)に、ミレヴァが教授に従順だったためだった。こうした二人の生活を実際に支えていたのはミレヴァの父親からの援助に他ならない。ミレヴァの父親は、娘の行く末を案じ、A・Eに期待するところが大きかったが、その将来は全く予測できなかった。
程無く、A・Eは最初の論文を発表した。それは毛細管現象に関するもので、収入につながるような代物(シロモノ)ではなかった。
1901年、チューリヒでの平穏な日々は終わりを迎える。A・Eの両親は、息子を何とか宥(ナダ)め賺(スカ)し、イタリアの実家に戻って、就職するように働きかけていた。渋々、イタリアに戻ったA・Eだったが、ミレヴァとの熱い手紙のやり取りは続いており、次なる論文のターゲットは相対運動ということになっていた。「一緒に相対運動に関する研究を結論に導けたら、こんな誇らしいことは無い。」二人の固く結ばれた絆と野心は新たな研究の地平へ向かって羽搏(ハバタ)いていった。A・Eはイタリアの小都市コモでミレヴァと会う計画を立てた。「君はボクに会うためにコモまで来なければダメだ。時間はそれほどかからないし、ボクにとっては天にも昇る喜びだ。」
「5月5日。私はコモに行きました。その人は、両腕を大きく広げ、心臓をドキドキさせながら、私を待っていてくれました。素晴らしい春の日でした。次の日、雪が俄(ニワ)かに降るとは、思ってもいませんでした。私は纏(マト)っていたコートの下から、愛しい人を強く抱きしめました。」「自然の赴くままにボクの身を君に重ねることが、どんなに喜ばしかったか。お礼に情熱のキスを。」
日常は慌(アワ)ただしく、目の前を過ぎていった。A・Eは、両親の意に反して、チューリヒにほど近い小さな町の教員となり、一方、ミレヴァは卒業試験の再試験に臨んだ。結果は思わしくなかった。二人の思惑は外れ、運命の歯車は逆回転し始める。「悩まないで。元気を出して。何があっても、君はボクの一番大切な人だから。」A・Eの心は悲鳴を上げていた。ミレヴァは妊娠の激しい悪阻(ツワリ)を隠し、コンディションは最悪で、一人苦痛に耐え、試験はおろか、研究に集中することなど、到底できる状態ではなかった。ミレヴァは、自ら、卒業を諦(アキラ)め、学業の全てを捨て去る決心をし、実家に戻り、音楽で心を癒(イヤ)し、A・Eを扶けるべく、パートナーとして再起を図ろうとした。A・Eの母親は、この窮地にある娘を抱えるその両親に心無い冷酷な手紙を送り、誹謗(ヒボウ)した。ミレヴァは強いショックを受けた。友人ヘレーネに手紙で告白する。「あれほど、思いやりがなく、意地の悪い人たちがいるとは。アルバートも、私もひどく心を痛めています。」
ミレヴァは、A・Eの母親の企みを見抜いていた。それは、二人を引き離すための策謀であり、罠なのだった。ミレヴァの予感は、果たして外れてはいなかった。ミレヴァは、焦燥し、スイスのシャフハウゼンにいるA・Eに、3日係る行程を一刻でも早く会おうと、取るものも取り敢えず、出発した。シャフハウゼンの手前まで来ると、ミレヴァは、用心のため、隣村の小さなホテルに宿をとり、その所在をA・Eのいる下宿へ知らせて、彼の到着を待った。けれども、A・Eは杳(ヨウ)として現れなかった。二、三のやり取りはあった。しかし、それは、体のいい言い訳であって、誠意は無かった。ミレヴァは様相が変わったことを見て取っていた。何もかも遅かった。そう思いたくはなかった。数日後、A・Eは、漸(ヨウヤ)く、ミレヴァの前に姿を見せた。気不味(マズ)い再会の後、二人は、愛を確かめ合った。そうして、すっかり憔悴(ショウスイ)したミレヴァは帰郷すると、体調を崩し、さらに、胎動を始めた新しい命に対する不安によって、混迷と動揺は深まり、それがA・Eの余所余所(ヨソヨソ)しさへの疑念を醸成させていくのだった。