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A・Eとミレヴァは数式を用いて、レーナルトよろしく、宇宙の法則を解き明かそうと、計算に明け暮れる毎日を送っていた。彼らが、よく、夢中で読む本と言えば、新しいタイプの物理学者、マイケル・ファラデー(Michael Faraday 1791.9.22.-1867.8.25.)やジェームズ・クラーク・マックスウェル(James Clerk Maxwell 1831.6.13.-1879.11.5.)などの著作だった。マックスウェルは、電気と磁気を一緒に表す方程式を書き、その二つを波として一つの方程式にまとめ得ることを示した。そして、光というものは、実は、一定の速度で動く波であり、電磁波も、光も、波も、基本的には、同性質の現象である、と予言した。
しかし、このマクスウェルの理論は、既に、前項で述べたように、授業では取り上げられなかった。従って、A・Eとミレヴァは、独学で、この難解な新理論を身につけなければならなかった。電磁気学は、当時、余りにも先を行く学問であり、それは、物理学の新時代の到来を告げる、時告げ鳥であった。
工科大学の生活も3年目を迎えていた。二人の仲は、一層親密になり、しかし、関係は対等であり、言葉では言い表せない知的冒険の世界を共有し、音楽やピクニックを楽しみ、プラトニックもかなぐり捨てて、性的にも成熟した方向に進んだ。二人は、互いを、それぞれ、ジョニー、ドリー、と愛称で呼び合い、気兼ねなく、日々を過ごしていた。「せっせと詰め込み勉強をしています。あなたの熱理論のノートをマークワルダー夫人のところへ預けておいてください。あなたのドリー。」「1899年10月、愛しのドリー。何たる仕打ちだ。君は4日間も悠長に試験を受け、君の同志であり、コーヒー仲間であるボクには何の連絡もないとは!」「もし、あの女の子が、君は外出していると言っても、ドアの外に君のその小さなブーツがあったら、僕はそこに居座るか、髭剃りにでも行ってこよう。」
A・Eとミレヴァは、学位論文に熱伝導率という同じテーマを選んだ。二人は各々の方法で作業に取り掛かった。ミレヴァはヘレーネ・カンフラーという友人に次のように書いている。「彼は、私の唯一の仲間です。彼が側にいてくれる時が、私は一番幸せです。」又、学業については、「ウェーバー教授は学位論文に関する私の提案を受け入れてくださいました。私は、これからの課題に満足しています。」ミレヴァは、ウェーバーの正体を見抜けなかった。彼女は次第に追い詰められていく。A・Eは、一面、楽天的でありながら、内面は神経質で覚めており、実は、手厳しい、辛辣な批判を容赦なく、相手に浴びせる精神の持ち主であった。つまり、彼は主体から離れ、状況を客観視することに長けており、率直で、おおらかである半面、常に、冷静で、どこか醒めていた。確かに、A・Eは人生を楽しんでいたが、それはあくまでも空気であって、幸福にあっても、不幸にあっても、心の目は何時も、冷徹に見開かれていて、他者の介入を許さなかった。
ミレヴァの不幸は暗示されていて、ちぐはぐなA・Eとのやり取りや、やがて来る、A・Eの両親との確執や、A・Eとの結婚生活の破綻の遠因は、既にこの頃、用意されていたものである。時間は待ってはくれなかった。1900年、最終教員資格試験(卒業試験)の結果は、ミレヴァを打ちのめした。数学(関数論)の評点は2.5点。総合も、平均4.00点。彼女は不合格、落第となった。A・Eは、総合平均4.91点、4番の成績で合格した。二人は危機感を感じ、焦りを感じた。
A・Eの両親はスイスに来ていた。息子に会って、将来を話し合うためである。A・Eは悪びれることもなく、両親に正直に打ち明けようと思った。誠実な気持ちだった。しかし、話は、のっけから縺(モツ)れた。A・Eが成績が悪かったことと、ミレヴァが落第したことを話すと、母親はA・Eと二人だけで話すことを要求した。やがて、母親は素気なく言った。「ドリーはどうなるの?」「妻さ。」A・Eは切り返した。すると母親はひとくさり、ミレヴァを扱(コ)き下ろすと、溝を深める決定的な一言を吐いた。「子供ができたらどうするの?」確かに、ミレヴァはユダヤ人ではない。A・Eよりも年上である。母親の言うように、本を読むばかりで、ろくに家事も料理もできない唐変木かもしれない。しかし、性行為のためだけに付き合っているわけではない。A・Eは母親に憤りを覚えた。「ボクは彼女と同棲しているわけじゃない。」A・Eはミレヴァも自分と一緒に辱められた、と感じた。両親との話し合いは終わった。