全能の神の眼 The Eyes of Providence


1ドル紙幣の裏面にあるピラミッドの目。ただならぬ気配を漂わせた図案である。これは、俗に、プロヴィデンスの目、と呼ばれる意匠で、中世以来、主に、エジプシャン・マジックという一種の呪術の世界で使われてきた図案である。1ドル紙幣に採用されたのは、1935年で、比較的新しいが、その基になっているのは、1776年合衆国建国の国璽(国章)の裏面のデザインであるから、その由来は結構、古い。この図案が何を指(サシ)示しているかについては、定説がある。それによれば、この目は、エジプトの天空の神、ハヤブサの化身、ホルスの左目(右目は太陽神ラーの目。闘争を司る。)であり、全知全能、万物の生成流転の全てを予見する目である、と言う。つまり、神はすべてを見通している、ということを意味する。

キリスト教会では、以前から、神の摂理、プロヴィデンス、という思想があり、全ての事象は、神の意思に基づく、とされ、この、神による世界の予定調和、という考え方によれば、偶然というものはなく、全ては運命的必然、しかも、それは、絶対唯一の神の意思によって決定される、ということになる。そうなると、この世界で生じる全ての結果は、神の望んだことであり、その意図したものである、と承知しなければならない。この思想に基づけば、今起きている、この瞬間の事象にも何らかの意味があり、それは、神の意思の反映なのだ、と理解するしかなくなる。この硬直的な定式化した論理の下で展開されていったのが、ピルグリム・ファーザーをはじめとする、新大陸でのプロテスタントの入植活動だったのである。

エジプシャン・マジックのホルスの目がプロヴィデンスの目、と呼ばれるようになる経緯(イキサツ)も、実は、この辺にある。神は、全知全能である、その目は、世界を、遍(アマネ)く見つめている、という概念が生まれ、それは、ホルスの目と合致した。あるいは、初めから合致するものと規定していた。神の摂理は、確かに教会が生み出したものだったが、一部のプロテスタントにより、その内容は変質し、閉鎖的な孤立主義的アプローチの手段に使われ、やがて、排他的な差別思想や人種主義の温床になっていった。そして、それは、プロヴィデンスの目をはじめとする、様々な魔術的、呪術的暗号・記号・図案などの表象をプロパガンダに取り込んで、神への服従を説くキリスト教と共に、白人至上主義を推し進めていったのである。先住民やアフリカ出身者の文化は圧殺され、コミュニティーも破壊され、その犠牲者は20世紀にまで及んだ。

20世紀の一時期、人種主義は後退し、その勢力は鳴りを潜めていたが、今世紀に入り、又、その鎌首をもたげつつある。表向き、禁欲的・家族主義的でありながら、その実、強欲であって、独善に過ぎる傾向がみられる昨今、その勢力は、息を吹き返しつつあるように見える。魔術・呪術的表象が横行する風潮が顕著になればなるほど、彼らが、又、どこかで、暗躍し始めている兆候なのだ、と思わざるを得ない。
2020年03月14日
Posted by kirisawa
MENU

TOP
HOME