債務転嫁の限界 2019.8.15


 債券市場からの資金調達による株式市場の活況ももはや、限界である。このままでは資金の枯渇につながる社債などの償還・借り換えの金利上昇は避けられない。と思われた事態も、土壇場で無茶苦茶な利下げによって事なきを得たのだが、実際に積みあがっていく債務の償却はどうなるのか、誰にも分からない。というか、責任を負う、否、負える者など何処にもいない。今日の国際金融は全くウナギの掴み取り(ウナギ上りの借金)状態で、連鎖して次々起きる事変に先回りで対応しては逃げられ、対応しては逃げられ、の繰り返しで、しまいにはもぐらたたきの有り様になるのではないか、と考えずにはいられない。今の最大の問題は、借金に尽きる。ここまで膨らんだ債務は、何れ、実体経済としての我々の生活にのしかかってくるのだが、それが(国家の)財政を救うためのインフレ政策へ繋がった時、誰がそれを被るか、と言えば、それは我々しかいない。ツケは自分で払うしかないのだ。そんな結末が待っているとは、まだ誰も思ってもいない。まだ時間はあるだろうか?
 リーマンの後のカネアマリ経済にどっぷりつかって生活するしかなかった一般市民は、低利融資で業績悪化した銀行が新たな時代に適応できずに低迷するなか、証券ビジネスに特化した投資銀行や証券会社の商品に投資して、少なからぬ利益を享受していた。世界はデジタル社会になっており、人々はより快適な社会を求めるようになり、高齢少子化社会がこれに拍車をかけた。キャッシュレス決済が浸透し始めたのも偶然ではなかった。リボ払いなど、より長期の債権償却の浸透を図る、いわば、先延ばし経済が急速に拡大し、社会の負債は積みあがる一方で、アルゴリズム・トレーディングがこれを可能にし、経済は今や完全に掌握するのが難しい段階に来た。
 画して、どれだけの債務が存在するのか、総計することもできないが、たぶん、天文学的数字だろう。これからの問題は、まさに山積であるが、経済一つとっても斯くなる次第である。安心して暮らせる世界はどこにあるのか?
2019年08月15日
Posted by kirisawa
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