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独白。monologue。
渇きとは,何時の時代にもある渇望のことである。
20世紀も半ば過ぎ,世界戦争が終結して間もない頃の「100年後の世界」と題する論説を読むと,大学は解体されて既に無く,学歴は各々個人がテレビ電話を使って学習し,定期試験や論文を提出して,テーマごとに国家機関によって採点され,学士や修士,博士といった学位を取得できるようになる,と書いてある。又,交通機関も発達し,汽船や汽車というものも,全て空を飛ぶ乗り物にとって代わり,日常生活も自動化されて,人間は自由にしたいことができる,という。
確かに,社会は,日毎(ヒゴト)にそれらしい方向に向かっているかのようであるが,ボクたちはその利便性だけを享受して生活するだけではなく,人間の幸福とは何か,という根源的な意味での暮らし,あるいは営みといったものから目を逸らす訳にはいかない。人間は,否が応にも,この惑星の自然界の頂点に立つ存在であり,それは食物連鎖の上でも,気候変動の主な要因である二酸化炭素の排出についても,やはり責任を負う立場である。しかも,人間の活動は月や宇宙空間にまで及び,地球の軌道上にはデブリと呼ばれる回収不能なゴミが漂う有様である。
今,「100年後の世界」を構想してみると,誰もバラ色の未来を思い描くことは出来ない。だからといって,山積する多くの問題を憂いているばかりでは何の解決にもならない。一日でも早く,その問題に取り組まなければならない時に,時代錯誤で身勝手な領土争いなどしている場合ではない。人間の醜い殺戮の歴史を繰り返すことは,誰のためにもならない。それどころか,人間自身の未来に暗雲を齎(モタラ)すだけである。100年後,漸(ヨウヤ)く一つの地球と呼べるようになったこの惑星の未来を台無しにしてしまった人類の祖先として,ボクたちは歴史に名を刻むことになるのだ。
殺戮に明け暮れ,非人道的な殺戮兵器の性能を競い合い,築き上げた文明をも自ら破壊する,そんな人類に明日は無いかもしれない。しかし,人類の愚行を糺すべき神など存在しない。何故なら,それ自体幻想だからだ。人間は人間だけを頼りにせざるを得ない。人間は人間自身で自らを裁き,罰するよりないのだ。それには,大いなる決断が必要である。それは核戦争による滅亡などではない。生きようとする全ての命を救うことである。人類のみならず,この惑星に生きる全ての生命を救うことだ。人類同士の殺戮はそれ自体がエゴであり,悪であり,偽善であることを知るべきだ。
「100年後の世界」。それは一体如何なる世界か,は展望できないが,少なくとも,ボクたちには明日はある。その明日を共に生きていけるよう,ボクたちはこの惑星の命の一員として責任を持った仕事をするようにしよう。それ以上もそれ以下のこともできないが。