運命の輪[Wheel of Fate]


混沌の中から全ては始まる。それは、結び付きの始まりである。受精、細胞分裂、胎動。情報の諸要素は、動的な規則性を持つ配置により、体系を形成するに至る。間もなく、個体は誕生の準備段階に入る。不安と期待が交錯する緊張。意識とは呼べない知覚は独立するが、実体は環境に依存する欲求の原型的実在である。誕生により、世界との接触が始まるが、個体は、単独としての意識は確立できない。意識下に潜在する、近距離の社会関係である血縁、家族、部族、民族といった集団の一員としての意識を強く持つようになり、その絆は存在と諸体系を結合する基軸に位置する。しかし、その意識は幼児的であって、わがままで執着性が見られる。感受性が強く、短絡的である。

群れ集う者たちは、種としての存在的な意志を直観するが、自我と相対化して認識することができない。群れは次第に大きくなり、やがて、率いる者が現れる。彼は、力を持つ者であり、支配する者となる。支配欲は独善的となる。支配者は多数を従わせ、その力でさらに多くの民を従わせ、敵を征服し、その地位を確固たるものにする。その支配は、欺瞞と矛盾を内包し、汚辱に塗(マミ)れている。個は、欲に溺れ、自らを見失ったことに気づく。統べる者も、従う者も、皆が皆、その救いを知に求めるが、知は、知を穿(ウガ)つ者によって損なわれ、誰一人、真の意味を見出すことができない。知は、知によって拒絶され、何も成し得ず、ただ、沈黙するのみである。

而して、欲は節制に抑えられるしかなかった。忍耐と我慢。抑制と規律。節度は安定を望むが、自己の利益を覆(クツガエ)す変化を拒む。それは、実は抑圧の根拠となり、統べる者の堕落を覆い隠す。それらは、しかし、従う者も同様であり、自分の欺瞞を隠し、欺こうとしていることに変わりはない。肥大した権力は後ろめたい罪悪感に苛まれ、しかも、それに過去の亡霊という、拭い得ぬ、霊という妄念が付きまとい、脅迫性を帯びたものとなる。その恐れは、魂の救済へと心を駆り立てていく。罪悪への悔恨は遠い過去の記憶へと遡及していく。辛く、重い記憶である。それらは、明確に意識されるわけではないが、心の在り方に大きな影響を及ぼす。精進せねばならない。自覚は、決意を促す。

ヒトは祈りを知り、願いを知る。世界が意識される。血脈を超えた関係が意識され、刹那的な妥協的宥和がもたらされる。しかし、その和解の基本条件は、現状肯定に他ならない。支配者は打算的で、秩序の名のもとに現状維持に固執する。表面的な安定の裏には、鬱屈した感情が渦巻く。力は力を呼び、権威は高められ、塔は天に達しようとしていた。それまで築いてきた全てが、音を立てて崩れようとしている。人間は直感していた。偽りの真実は終わる。欺瞞の時代は終わるのだ、と。神が意識された。人間が人間に対して行ってきた罪悪を告発し、懲罰しなければならない。だが、声は声に終わる。未来を見通す力も、展望も、無く、人々はその地に散った。塔は崩れ去った。

支配者は、統治者となり、執政官と姿を変え、政(マツリゴト)は人々の互選によって行われることとなった。人々は孤独だった。人々は、ようやく、人間は一人であることを知る。虚栄。苦悩。失望。落胆。崩れた塔。虚しさ。虚妄の権力。そして、答えは、無かった。自己は喪失した。冥府への降下。自信は失われ、信念も破れ、誇りも消え、気が付くと、夢は終わっていた。刈り入れの時は来ていた。為すべきことはそれだけだった。収穫は多くなかった。得られた知恵と啓示は、確かに収穫ではあった。個は、既に疎外から脱して、導きの道を歩みつつあり、虚勢と憤懣、大勢順応の罠を潜り抜けていた。深い内省の感慨の中で、自我を解放する時を知る。

自由・平等・愛・平和の原則が明示される。全体主義の起源、差別や憎悪との対決が鮮明となる。差別と憎悪の温床となってきたものは、“血”である。全ては、あの“誕生”の忌まわしい因縁に関係する。排外主義・民族浄化に通底する思想の根幹には、実は純血思想・血族主義に基づく全体主義の基本構造があり、これが、主体的な“個(子)”の独立を阻んできた。それは、独善的な“族”の支配を否定し、閉じられた“環”の思想を拒む結果をもたらすからである。ここで、意識される因果応報・輪廻転生・カバラ・カーストは幻想、イリュージョンに過ぎない。これらは、“環”の思想の構成要素として創作された呪術的言語であり、それ以上の意味をなさない。つまり、欺瞞の記号であり、暗号的意味を持つが、現実性はない。

幻想と現実、愛と憎悪、差別と対等、自由と抑圧、様々な相克が絡み合い、縺(モツ)れ合いながら、闘いは、進んだ。妥協は行われない。妥協の余地はない。睨(ニラ)み合いが続く。力の均衡。対立意識・対決姿勢の高まり。メビウスの輪。魔族の正体。蛇の優しいささやき。全体主義への誘惑。弾圧と抵抗。暴力の否定。非暴力主義。知の結集。近未来の連合・統合への努力。厳しい対立。最も苦しい局面。分裂・崩壊局面前夜。縄張り意識。

孤立感。不安と恐怖。拘束される危険。危害を加えられる恐れからくる焦燥感。非現実的妄想。退潮の局面。呪縛。自分で行動を制限し、自由な思考を停止する。見て見ぬ振りをし、その自分に吐き気を催す。自暴自棄になり、感情的になり、興奮する。激しい感情の起伏に自分自身驚く。自我の制御を学ぶ。自己の罪の意識を自覚し、行為の因果関係を学習する。事の顛末の不条理性を認識し、何事も不確実であることを知る。知識とは、全て仮定に過ぎないが、事実は仮定ではない。世界の成熟を予感。幻惑と背徳の全体主義。怨嗟の執念。加害の快感。改革者か、破壊者か?運命の解読。終焉へのプロセス。慧眼(ケイガン)。

ヒトはヒトに対して、神は神に対して立ち上がる。真実を真実として語るために。時間はあまりにも費やされ、多くの人々が現れ、消えていった。個の旅は、終着に向かっている。今や、個は、自我を制御し、自由・平等・愛・平和の4つの原則を知った。ヒトがヒトとして、何を求め、何と戦ってきたか、も知った。自分の中に蠢(ウゴメ)く得体の知れない“血”の正体は、正確には不明だが、それは生存欲求に起因するものかもしれない。世界は自由の時代を迎えようとしている。全ては溢れ出る水のように、あらゆるものを押し流し、新しい時代へと向かっていく。その先は、元の混沌かもしれない。しかし、それは、以前とは全く違う、混沌なのかもしれない。
2017年03月13日
Posted by kirisawa
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