むかしばなし(once upon a time) 序章


熊野那智神社とは、名取市の百合ヶ丘の住宅地の坂を上って、那智ヶ丘へ抜け、そこから迷路のような参道を通って、その奥にある、オシャマな猫が二匹ほどのし歩いている、静かな佇(タタズ)まいの小洒落(コジャレ)た御社(オヤシロ)である。吹き抜ける風が気持ちいい静空間を歩いていくと目の前がいきなり開け、展望台に着く。本当に気持ちいい。清々(スガスガ)しい。風の又三郎。崖の上に競(セ)り出した展望台の眺望は得も言われぬ爽快さで、しかも、他の参拝客もなく、見晴らしは独占状態である。霞のかかる遥か東には、太平洋が煌々と煌(キラ)めき、手前の田園のさざ波のような緑黄色が何とも、艶(ナマ)めかしい。手前には、学校らしき建物もあり、生徒たちが校庭を走る姿も疎(マバ)らに見える。そこへ、南に向かう新幹線が、急ぎ過ぎない初秋の街並みを駆け抜け、走り去っていく。

ボクたちは、もう涼しさに、気持ち、すっかり秋色に染まりつつある風の中を車に向かった。楽しかった。こんな心地で、二人で連れ添って歩くことは無いと、どこかで諦めていて、そのあり得ない情景に、今いることは、奇跡だった。しかし、これは何かの終わりかもしれなかった。それを、その時、考えることはNGであり、振り返ってはいけないのだった。ボクたちは互いを支え合う仲だった。それ以上に踏み出すことはどちらもできない。どちらも、今の立ち位置を変えることは出来なかった。それは年齢的なこともあったが、それだけではなく、距離を置いて生きることが二人にとって、独立を保つうえで大切なことだったのだ。それは一般常識とは相容れない、二人だけの絶対不可侵のルールだった。

国道を北に、ボクたちは走った。実のある話だった。ボクたちは滅多に会うことは無い。だから、会うことは重要だった。市内が近づいてくると、二人は、又、それぞれの現実に戻っていく。そして、又、会うことがあるのか、無いのか、それは分からない。それは会いたいと思うが、自分たちのそれぞれの人生が現実に交差することは無い。いつの間にか、いつものそこへ、車は着いた。お互いを想い続けることが二人には必要なのだ。そうして、それぞれの道に、ボクたちは戻った。
2020年11月01日
Posted by kirisawa
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