復活への階段 the stairs to resurrection その3


貴方の警告は間違っている。債務がいかに膨張しようと、社債で株をどこまで吊り上げようと、実際、現実には、何の影響も、何の破局も起こらないではないか。実体経済と遊離した市場の過熱と、貴方は言ったが、この低金利は、正に実体経済立て直しの市場からの要求そのものではないのですか?新しいITの産業社会が浮揚し、経済も回復して、再生可能エネルギーに裏打ちされた持続可能な新時代が、もう、そこに迫っているのではないのだろうか?そのためにこそ、今、資金需要に対応する資本がマーケットに集積しつつある、と見るのが、正しいのでは?

ボクはそこまで楽観できない。如何に、ESG、SDGsの掛け声を叫んでも、歴史的に、変革はすんなりと進んだ試しがない。実際、市場は変調している。選挙絡みの一喜一憂ではない。政治情勢の変動が景気動向に与える影響は無視できないが、経済の必然的発展過程の推移の中では、確かに、些細なこととはいかないまでも、近視眼的に神経質になり過ぎることは賢明ではない。それには同意する。しかしながら、変革は1歩進めば2歩下がる。揺り戻しもある。行きつ戻りつしながら進んでいくものだ、と思う。況(マ)して、不確定要素として、暫時、償却していく道筋を付けなければならない債務の蓄積があり、それが必ず、足かせとなる日が来る。

このまま、債務を繰り延べていけば、何れ、必ず、未来の経済成長の阻害要因となる。これはディジタル経済が最初に直面する試練であり、問題である。現在のアルゴリズム・トレーディング・システムは、大規模大量高速高価値高額トレードを実現し、オーバーフローのような時間的にも、数量的にも、キャパシティを越える取引が行われることを事実上防ぐ機構であり、このシステムが機能している限り、破綻は現実に考えることは出来ない。そして、このディジタル経済に支えられた発展とは、計量的にも、このトレード全体の拡張が意味する拡大再生産による労働価値の数値化に他ならないのであり、この規模、エントロピーの増大こそが、人類社会の物質的繁栄の目安なのである。

ところが、今、ボクたちは、政治的混乱を目の当たりにしている。マーケットはやり場のない憤懣と、感情の昂ぶりに地団太を踏み、波乱含みの膠着した取引の不合理性に憤りを感じている。こうした人間の感情に簡単に左右されやすい、情緒的で流動的な側面が経済合理性を無視し、市場を停滞させ、傷つけ、破壊する可能性は否定できず、これが債券トレードに持ち込まれる時が来た場合、一つの終わりを予感せざるを得ない。即ち、ボクたちの時代は免れるかもしれないが、この経済は一度幕を下ろすか、仕切り直しをすることになる。

時代は変わり、別のシナリオが用意され、別のIT社会が到来しているかもしれない。地球は一体化し、様々なディジタル通貨が使用され、市場はフルタイムとなり、商品は混在化する。そうした世界は、もはや、国家間だけの市場メカニズムでは動かない。様々な企業・集団・個人など、不特定のプレイヤーが独自の経済圏を持ち、それぞれにアクトする時代が来る。それがディジタル化された経済。それも、やがて、行き詰まる運命にあるのかもしれないが、遥かな未来、全体経済が総債務を負いきれなくなった場合、市場を救うため、積み上がってしまった債務は、残存する資産とお金に変わるものなら何でも、各国の国庫に眠る相対価値の高い有形の知財を含む国家財産や世界中の都市に林立する不動産と軍事基地・宇宙基地の全てを総攫(ザラ)いしても、少しでも残債を減らして債権化することによって、確かに、マーケットの数字を相殺することは出来ないが、ゼロを一つでも減らして、マイナスからの再離陸であっても、経済再建の道を歩むことは可能だろう。そして、これが、最も犠牲の少ない、数字の上でスーパー・ハイパー・インフレのパニックから世界を守るディジタル・カウンター上の最終メソッドなのではないだろうか?しかも、ご破算ではない。経済は死なないのだ。世界は続いていく。あくまで、これは、想像できる最良のシナリオ、フィクションである。

さて、目を覚まそう。10月12日、アップルの5G対応i-phone、4機種の発売がやっと発表されたが、株価は2%マイナス。マア、いいではないか。クリスマス商戦は、海運のコンテナ不足で、商品の手配が間に合わない、一部企業もあるらしく、多少の混乱はあるだろうが、考えていたほど、情けない状況ではない。IMFも成長予測を若干だが、上方修正したし、気持ちの上では楽になった。切迫した環境は続くが、立ち向かっていくしかない。
2020年10月14日
Posted by kirisawa
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