自我と人格 その1


 自我egoと人格personalityについては、20世紀初頭から多方面からの見解と議論がある。自我と自己とは別のものであるとか、自我は抑制されなければならないとか、人格形成こそ自己実現の道であるとか、様々な主張・意見があり、それなりに説得力もある。ただ、それが何故なのか、どういったメカニズムmechanism(仕組み)によるものなのか、という点は触れられてはこなかった。
 一つの命題として”二つの心”というものがある。これについては、それなりの答が見つかっている。”二つの心”、すなわちハートheart(感情・情緒)とマインドmind(思考・意志)は相互補完関係にあり、それは又、各々、自我egoと人格personalityに対応する概念であり、自分自身(自己)を構築していく要素なのである。
 それではこのシステムsystemの構造を考察してみよう。これは当然、脳との関係に言及することになる。ヒトの脳は3層構造になっていることが判っている。それは生命の進化の過程に沿って発達し、第1層の脳は”爬虫類脳”、第2層の脳は”哺乳類脳”、第3層の脳は”人間脳”と呼ばれる。第1層の脳(脳幹・小脳など)は生命維持活動と本能、第2層の脳(大脳辺緑系:扁桃体・海馬体など)は情動・感性・記憶、第3層の脳(大脳新皮質:前頭前皮質)は人格の発現・社会規範の認識・論理的思考に関係していることが解明されている。つまり、自我は第1、第2層の脳の領域で発生し、人格は第3層の脳の活動に依拠するものと推測される。
 ヒトの成長と合わせて考えてみると、自我は第1層の脳が始動する胎児期に発現し、第2層の脳が連携して活動し始める新生児期を経て、反復学習をくり返しながら安定期に入る2、3歳の幼児期に確立されるのではないだろうか?というのも、新生児の脳全体の重さが、約350gなのに比べ、この時期、つまり2、3歳になると、約1000gか、それ以上となり、それは成人の80%の重さにまでなっているからである。又、この時期には自我の表層とも言える”性格character”も決定される。自身の持つ遺伝情報に加え、外部からの様々な刺激によって得られた感情・情動的情報の記録でもあり生体反応の蓄積でもある”性格”はその後の自我の成長に大きな影響を及ぼすだけでなく、人格の出発点となる。そして自我は自分を意識し、身近な人々や動物とコミュニケートcommunicateし始め、自分との関係を定義できるようになり、興味を持ったあらゆる事象に接触を試み、その記憶は保存されて経験知となっていく。
 この頃から10歳前後にかけては生活環境への適応adaptationに関連する種々の学習learningと訓練trainingが続き、豊かで繊細な感情表現も始まり、知性intelligenceの原型が表出する。
 学習の主体は第2層の脳であり、特に扁桃体、海馬、側坐核の働きが重要である。学習そのものは、具体的に言うと、真似ること、反射、模倣であり、考えるよりは、身体で覚える、体得が主であって、そのメカニズムmechanism(機構)は、ある行為が成されると同時に扁桃体の情動情報が海馬に新しい記憶として登録され、再試行がなされることにより、同じ情報の記憶を固定化していくものである。なお、海馬に蓄積storeされた記憶は、睡眠時に大脳皮質に転送・保存されるためover capacity(引受け能力超過)となることは無い。
 又、側坐核から中脳(腹側被蓋野)を経由して前頭前皮質(第3層の脳)に繋がる報酬系(A10神経系)(見返り・代償を求める経路。誉められたい、愛されたい、褒美が欲しい。)と呼ばれるドーパミンdopamine神経系を刺激することにより、快感を伴った動機(やる気)motivationが生じ、学習意欲も活性化され、持続性・集中力も増すことが判っている。
 こうして学習に専心する自我だが、個体差はあれ、一人の”子ども”としての自覚を持ち、”友だち”という新たな社会関係を作り、好き・嫌い、という価値判断をするようになる。そして、保護される立場から、自分のことは自分でやる(自律心の芽生え)という独立した人格への歩みを開始するのである。が、その行く手には、集団の中の自分、競争による淘汰などが待ち受けている。

 ここでちょっとブレイク。ボクたちは誰しも、人間の脳がどうして考えたり、ものを覚えたり、忘れたり、夢を見たりできるのか、疑問に思っている。それは何故か?これは永遠の謎と考えられてきたが、もうそうではなくなるかもしれない。20世紀には多くの研究者が様々なアプローチでこの謎に挑んだものの、確証を得るには至らなかったし、仮説の域を出るものも無かった。
 しかし、今世紀に入り、脳科学だけでなく、分子生物学、生化学、コンピュータ工学などの発達により、新しい視点からこの謎の答を見出そうとする科学者が現れてきた。2005年、IBMはスイス連邦工科大学ローザンヌ校と共同でスーパーコンピュータBlue Gene(ブルー・ジーン)を使って人間の脳全体の活動をシミュレーションし、最終的に分子レベルで解析するブルー・ブレイン・プロジェクトBlue Brain Projectを開始した。これは大脳新皮質(第3層の脳)の構造上の最小機能単位である新皮質カラムの動きをシミュレートし、正確に神経細胞モデルを使って思考の仕組みを明らかにしようとするものである。このプロジェクトは現在も進行中で、近い将来、具体的な成果が得られるものと期待されている。ボクたちの時代に、脳の機能と仕組みの謎、脳とは何か、その答を出すことができるだろうか?そんなことも、ちょっと考えてみた。
2017年06月25日
Posted by kirisawa
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