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ヒトの生涯は,自身の、自身による思考(試行)実験(gedanken experiment;thought experiment)の集積であり、それは受難劇(passion story)ようでもあるが、logos(理性)とeros(愛欲)の相克でもある。ヒトは己が人間(humanus;human)と呼ばれることを拒否するだろうか?人間とは,いみじくも謙虚(humility)なる者という意味であった。その真意は良心の躊躇(タメラ)いか?しかし,ヒトは罪を背負う存在ではない。ヒトが怖れるのは,非存在に過ぎない神という幻影によって自らの存在証明を拒否されることである。それは,内在する信仰を否定する,権力構造を持った集団による悪意ある概念の場合もあるからだ。信仰とは,己自身に発し,己自身に帰結する人間の権利であって,他者から強要されるものでもなく,社会的制裁の対象となる義務でもない。信仰は公的な意味でも,内在の確認事項であって,他者に危害を及ぼさない限りにおいて,秘密であっても構わない。
人生は旅に例えられる。自己を顧(カエリ)みれば,そこはかとない想いに包まれる。旅愁。郷愁(nostalgy)かもしれない。限りある時空を彷徨(サマヨ)い,流離(サスラ)い,何れ漂着する何処かにヒトは辿り着き,過去を鑑みて落涙することもあるだろう。それは感傷的な旅(sentimental journey)かもしれない。感情の重い重圧(heavy emotion)に戸惑うかもしれない。その時こそ,内在する者との対話が,それまでの歩みを肯定するか,否定する。それは人様々,見解の分かれる所である。何が良かったのか,何が悪かったのか?答える者は自らの中にある。つまりは,己に謙虚なることは勿論,他者にもそうであった者こそ,人間と呼ばれるに相応しい存在であろう。彼我への回顧と言ってしまえば,それまでのこと。今いるここから,又,旅を続けるより他は無い。明日からの道程(ミチノリ)は今日より苦難の道かもしれない。今までより道は険しい。そう思い直して,又,旅立ちの朝を迎えよう。人間は又,一人,自分だけの人生に還っていった。自らが自らを律する道を求めて。
地球は死のうとしていた。膨張する太陽に焼かれ,海は涸れ,かつて生きた者たちも消え,今,正に,太陽に飲み込まれるのを待つばかりであった。地球の最期を看取る命は,その痕跡も無く,従って,巨大惑星の木星や土星の軌道も変わり,太陽系全体が崩壊に向かって振動していることを観測する者も無く,それは,しかし,銀河の内部では珍しいことでもなく,ただ銀河系の一部で起きている流動化であり,況(マ)して,地球で繁栄した生命体などとは,最早,無縁の運動であった。ヒトは,それを予測していたが,その遥か前に絶滅しており,何の影響も無く,時空の彼方に消え去っていた。惑星は恒星の中に沈み消え去るのをただ,待っていた。何の感傷も無かった。運命であった。