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迷惑だ、とか言われてしまえば、元も子もないし、親の介護だってせにゃならん。連れ合いももう十分草臥(クタビ)れてるし、これから、どうして暮らしていくか、年金だけでは生活できん。チョッピリの貯えを、又チョッピリと取り崩し、何時まで持つか知らないけれど、そうやって凌(シノ)いでいくしか術もなく、終(シマ)いにゃどこに行き着くか、下るばかりの坂道を転がるように辿るのみ。
こんな毎日だから、特にそうかもしれないが、ここにきて、やっぱり生きた証っていうか、何か残して死にたいみたいな気持ちになったりするのは、ちょっと都合良過ぎるか。いつも手前勝手な生き方だったから、お礼って訳でもないけれど、ただみんなに感謝して、よくもこんな自分に付き合ってくれました、アリガトウとか言って、お別れさせてもらいたい、なんてやっぱり身勝手カナ?
人生の行き止まりってこんなものかもしれないネ。皆良くしてくれたけど、やっぱり独り芝居だったのかな?どうせ最期は一人だよネ。死んじゃった人の気持ちも分かるような気がする。幸せな時だってあったじゃないか。そうやって自分を納得させて死んでいくんだネ、きっと。言わずもがなの落日か。それも、マアいいじゃないかって、結局独り言か。もっと鈍感にならなくちゃネ。迷惑かけちゃいけないなんて、自分がかっこ悪いだけの言い逃れみたいなもんだし、恥ずかしいなんて自尊心が、否、見栄がまだあるから。不思議なもんだネ。ここにきて、まだ自己主張か。
海は凪ぎになっていた。時折吹く風も、もう冷たくはなかった。陽は、確かに傾きつつある。生き急いだ人生だったかもしれない。愛は、取りつく島もなく、通り過ぎていったようだ。光と影の交錯する表情にその焦燥と確信が混在していた。しかし、自信はなかった。誰も助けてはくれない、いつもそうだったから。最後は自分だけだ。だが、救援者はいた。あふれる才能とモチベーション(motivation)に圧倒され、心酔する者もあったほどだ。それが、若さであったことは疑う余地はない。新しい時代の扉は開いたが、それを閉じるのも自分だったとは。
太平天国の極楽浄土か,アヌビス(Anubis)の支配する冥府の黄泉の国か,は,知る由もないが,いつかは,この世界から漂着するに違いない観念の情痴の果てに,全肉体を投射する舞台(stage)の炎熱の火葬炉で,思念の欠片も無く,カルシウム(calcium)の残骸となっていく。我が身の最後を思い描くだけで,辻褄(ツジツマ)合わせは終わる。人生とは,そういうものだったのか。